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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)2270号 判決

東京都墨田区東両国四丁目七番地三〇

原告

中央信用金庫

右代表者代表理事

小野孝行

右訴訟代理人弁護士

刀称太治郎

同都大田区大森五丁目二三六番地

被告

株式会社東京坩堝製作所

右代表者代表取締役

鈴木純

同都江戸川区小岩町五丁目三九番地

被告

春日幸雄

右両名訴訟代理人弁護士

高増貞治郎

右当事者間の昭和三一年(ワ)第二二七〇号約束手形金請求事件につき次のとおり判決する。

主文

被告株式会社東京坩堝製作所は原告に対し金二四万円及びこれに対する昭和二九年三月三〇日以降完済までの年六分の割合による金員の支払をせよ。

被告春日幸雄は原告に対し金二四万円及びこれに対する昭和二九年三月三〇日以降完済までの金百円につき一日金二〇銭の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は確定前に執行できる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一乃至第三項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

(一)  被告株式会社東京坩堝製作所専務取締役屋井康は昭和二八年一二月二〇日被告会社を代表して訴外東洋炉材株式会社にあて、金額金二四万円、満期昭和二九年三月二九日、振出地及び支払地川崎市、支払場所株式会社第一銀行川崎支店とした約束手形一通を振出し、被告春日幸雄はこれを右受取人から裏書により取得した上拒絶証書作成義務を免除して原告に裏書し且つ満期後は金百円につき一日金二〇銭の割合による遅延損害金を支払うことを約した。よつて原告は右手形を満期にその支払場所において呈示したが、その支払を拒絶せられた。

(二)  かりに屋井康が被告会社の代表権を有しない取締役であつたとしても、被告会社の取締役一同は屋井が専務取締役の名称を使用して取引をなし右肩書をもつて当座預金口座を開設して小切手を発行することを許諾していたものであり、原告は本件手形を取得するにあたり支払場所である前記支店につき右当座預金口座の有無、被告会社の所在地、会社を代表して取引する者の氏名、会社及び代表者の届出印鑑、サイズ、字体等詳細に問合せ、手形の記載と符合することを確かめた上、屋井が被告会社の専務取締役として手形振出の権限を有するものと信じて、被告春日から本件手形を取得したのであるから、被告会社はこれが支払の責に任ずべきものである。

(三)  右主張が理由なしとするも、被告会社の川崎出張所は一二〇坪の敷地の上に事務所、倉庫二棟及び製造工場等の施設を有し、本店の業務から独立して炉材、炉台の製造販売及び築炉工事を請負い、屋井は同出張所の主任として年間一、〇〇〇万円に上る同出張所の業務をほとんど本店の承認を求めることなく専行していたものであるから、同人は右出張所の業務につき名実ともにこれを総括支配しその取引につき総括的な代理権を有していたものである。すなわち右出張所は名称の如何に拘らず被告会社の支店でありその主任である屋井はその支配人であるから、同人の権限に制限が加えられていたとしても、善意の第三者である原告にはこれを対抗できない。

かりに右出張所が支店の実体を側えていないとしても、屋井はその主任として業務に従事していたものであるから、同人は番頭に該当する被告会者の商業使用人の地位を兼ねており、その有する代理権に加えられた制限は善意の原告に対抗できない。

(四)  以上の主張が全部容れられないとしても、被告会社は屋井に対し被告会社川崎出張所の名称の使用を許し同出張所建物に「東京ルツボ屋井康」と表示することを許諾したことにより、屋井に被告会社の代理権を与えた旨を表示したものであつて、原告は前述のような調査の結果同人に代理権ありと信じて本件手形を取得したものであるから、原告はかく信ずるにつき正当の事由があるものであつて、被告会社は本件手形支払の責を免れない。と

述べた。(証拠略)

被告等訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、原告主張の事実に対し、

(一)  被告株式会社東京坩堝製作所としては、同会社が原告主張の約束手形を振出したことは否認する、その他の事実は全部不知、右手形に署名した屋井康は被告会社の専務取締役ではなく、何等の代表権限をも有せず、同手形上に被告会社の住所として表示された川崎市元木町一一〇番地は単なる出張所にすぎず、屋井はその主任として業務に従事していたが、手形振出の権限を有しなかつたものである。

(二)  被告春日としては全部認める。

と答えた。(証拠略)

理由

(一)  被告株式会社東京坩堝製作所に対する請求について

証拠によれば、屋井康は古くから個人として炉材の製造販売、築炉工事の請負等を業とし、被告春日が関係のあつた東洋炉材株式会社と取引関係があつたが、訴外鈴木純が昭和二七年三月頃勤務先を退職し被告会社を設立するにあたり、同人の勧誘を受けて出資し被告会社設立と同時に取締役の一員となつたものであるが、遅くも昭和二八年八月頃には川崎市元木町一一〇番地にあつた屋井個人の事務所、工場等を被告会社の川崎出張所とし、被告会社の営業としてこれを経営するに至つたものであり、これと同時に従来個人として当座預金取引のあつた株式会社第一銀行川崎支店との間に、被告会社専務取締役屋井康名義の当座預金口座を開設し、爾来前記東洋炉材株式会社との取引については被告会社専務取締役の名義を使用し、その取引の決済のために右会社あてに振出した約束手形にも右名義を使用して来たこと、屋井は被告会社本店の業務にはほとんど関与せず専ら川崎出張所の営業を本店から事実上独立して経営し、被告会社は右出張所の由来及び屋井の経歴、地位等に鑑み、同人が専務取締役の名称を使用して右出張所の経営を専行することを黙認していたこと及び昭和二八年一二月二〇日屋井は右出張所の東洋炉材株式会社との取引決済のために前記肩書を附して右会社にあて原告主張の約束手形一通を振出したことが認められる。

而して証拠を合せ考えると、原告は従来から被告春日との間に手形割引による貸付を継続していたものであるが、同被告は本件手形を東洋炉材株式会社から裏書により取得して原告に対しこれが割引を求めたところ、原告の担当社員宇佐美はさきに一、二度同様の手形の割引に応じ無事決済せられたことがあつたので、被告春日の申込に応ずる心組の下に本件手形を一先ず預り、その支払場所である前記銀行川崎支店の当座預金係に電話をかけて、被告会社との取引の有無、本件手形表示の住所、代表者の氏名、社印、代表者印等につき右銀行に届出てあるものとを口頭をもつて照合し、よつて屋井が被告会社の専務取締役として被告会社を代表して振出したものと確信して被告春日の申込に応じ本件手形を割引き、同被告からこれを裏書によつて取得したものであることを認めることができる。

成立に争のない甲第三号証によれば、被告会社の代表者は鈴木純一人であつて、屋井康は何等代表権限を有していないことは明らかであるが、前記認定のように、同人は被告会社の専務取締役の名称を使用することにつき同会社の黙認を得ていたものであり被告会社の川崎出張所の取引に関し本件手形を振出したのであつて、原告は前記のように屋井が被告会社の代表権限を有するものと信じてこれを取得したものであるところ、その取得にあたつてなした請査は前記認定のように手形取引につき通常なすべき調査を尽したものというべきであつて、屋井に代表権限ありと信ずるにつき何等の過失がなかつたものと認められる。

従つて被告会社は屋井の振出した本件手形につき善意の第三者である原告に対しその支払の責に任ずべきことはいうまでもないところであり、上来説示したところによりその成立を認め得る甲第一号証によれば、原告は本件手形を満期にその支払場所において呈示したがその支払を拒絶せられたことが認められるから、原告の被告会社に対する請求は全部正当である。

(二)  被告春日に対する請求について

同被告は原告主張の事実を全部認めているから、原告の請求が正当であることはいうまでもない。

(三)  よつて原告の請求を認容し、民事訴訟法第八九条、第九三条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二部

裁判官 近藤完爾

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